2017年4月16日オンエアのしくじり先生で、オリラジ中田敦彦さん(以下、中田先生)が「しくじり偉人伝」第7弾として第16代 アメリカ合衆国大統領 エイブラハム・リンカーンについての講義をしていました。今回はその講義内容を振り返ります。

スポンサーリンク



予告編映像です。

今回の偉人

第16代 アメリカ合衆国大統領 エイブラハム・リンカーン(1809年~1865年)

アメリカでもっとも人気のある歴代大統領

・幼少期は農場で過ごし学校教育をほとんど受けなかった

・「人民の人民による人民のための政治」という名言を残す

非常に貧しい出身だったと言われています。

歴代アメリカ大統領人気ランキング

第1位 リンカーン

第2位 ワシントン

第3位 フランクリンルーズベルト

 

人気上位の大統領の共通点として、戦争を勝利に導いた大統領だということが挙げられます。

リンカーン

国内で起きた南北戦争に勝利

ワシントン

アメリカ独立戦争でイギリスに勝利

フランクリンルーズベルト

第二次世界大戦を勝利に導いた

戦争のスケールでいうとワシントンとルーズベルトは外国との戦い、リンカーンは国内の戦いでしたが、それでは何故リンカーンはワシントンやルーズベルトより人気があるのか?という疑問がわくところですね。

それはリンカーンの偉業として知られる「奴隷解放宣言」が深く関係しています。

そもそも人類が始まって歴史上ずっと奴隷というものは存在し、この時代のひとには奴隷があって普通でした。

そこで奴隷解放宣言を行ったリンカーン率いる奴隷反対派のグループと奴隷を維持したい奴隷賛成派のグループとの間で始まった戦争が南北戦争というわけです。

そこで勝利をおさめたリンカーンですが、奴隷解放宣言がルーズベルトやワシントンの功績とは違います。ルーズベルトやワシントンの功績はアメリカ人にとって素晴らしいことですが、リンカーンの奴隷解放宣言は全世界にとって素晴らしい宣言といえます。

なので、人気の規模が違うのでしょう。リンカーンはアメリカ人以外にも人気のある大統領なのです。

この素晴らしい業績をあげたリンカーン、いわば世界最強の国の歴代最高大統領といえますが、この人もしくじっていました。

リンカーンのしくじり

家庭では妻の尻に敷かれていた

奴隷解放を成し遂げたリンカーンですが、自らは解放されていなかったようです。

しかし、大統領にまでなる人物をどうやって尻に敷いたのでしょうか?

リンカーンの妻は非常にパワフルな女性でした。

 

リンカーンの妻

鬼嫁メアリー

メアリーの特徴

  • 裕福な家庭で育ったお嬢様
  • 社交場では常に自分が主役
  • 高価なアクセサリーを身につけ豪華に着飾る
  • 一度も炊事洗濯などの家事をした事がない
  • 好きなものは「権力」

鬼嫁メアリーの恐怖行動

  • 毎日怒鳴るのは当たり前
  • 公衆の面前でコーヒーをリンカーンの顔にかける
  • ほうきの柄でリンカーンをホワイトハウスから追い出す
  • 「お前がまきをちゃんとくべていないから暖炉の火がつかないじゃないか!」とリンカーンを薪でボコボコにする

結婚してから豹変したというような話も世の中では聞きますので夫が大統領になったからこのような行動をするようになったのかと思われるかもしれませんが、メアリーは元からこういう人だったようです。

というのも若いころからその傾向にあったことがはっきりわかる言動をしていたようで、周りに若い頃からこのように言っていたそうです。

鬼嫁メアリーの夢

私は将来アメリカ大統領になる男と結婚する!

このメアリー発言のすごいところは、「大統領と結婚する」ではなく「大統領になる男と結婚する」と言っているところだと中田先生は解説していました。大統領でない人物と結婚して、その人が本当に大統領になるかなどわからないと思われますが、メアリーはそれがわかると自信を持っていたということです。

このメアリーの男選びは剛腕を極めたそうです。

メアリーが当時交際していた人物

スティーブン・ダグラス(1813年~1861年)

  • 将来は大統領候補と言われた有望株の政治家
  • 上流階級で育つ
  • 30歳でイリノイ州から下院議員になる
  • 用意周到で熟練した戦略家
  • 「小さな巨人」という異名を持つ

このように非常に優秀な元彼がいたわけですが、メアリーはこのダグラスを振ってしまいます。そしてメアリーが次に選んだ相手が学歴もなく議員になりたてのただのひょろ長い地味な男、若き日のエイブラハム・リンカーンというわけです。

当時は威厳もない若い議員だったリンカーンですが、彼に目星をつけたメアリーは物凄いスピードで近づいていきます。

リンカーンとメアリーは付き合いだして約1年で婚約します。

そして、婚約した翌月に結婚式を挙げる計画を立てていました。

となると、婚約する前から準備していたということかもしれません。

ところが、式の直前にとある事件が起きます。

 

リンカーンの驚きの行動

結婚式直前に逃亡

なんとリンカーン、2年間の間逃げ回ります。

ですがリンカーンは2年間逃げ回った末、知り合いのパーティーでメアリーと偶然再会します。どうなるかと思いきや…

 

再会してすぐに結婚式を挙げる

一説によると再会して数日のうちに結婚式を挙げたと言われています。

2年間逃げ回ってから再会して数日で結婚式を挙げるなど、2人の感情の流れが読めないところですね。とても共感を得られない展開のようですが、中田先生はこの話を見て共感したそうです。

 

中田先生がリンカーンとメアリーの馴れ初めに共感するのは、中田先生ご自身の結婚のいきさつに通ずるものがあるからだそうです。

中田先生が奥様と結婚する前のことですが、奥様と出会ってデートの際いきなり「良い株を見つけた」と言われたそうです。それかるすぐに付き合いだしたのですが、近づくスピードが早かったため思うところあった中田先生は「何か違う」と思い、付き合って1か月で彼女にお別れを告げたそうです。

中田先生は、

僕自身年齢も年齢ですし結婚相手を探しながら女性とお付き合いしているんですけども、そんな中でこういう時のこういう局面こういう時のこういうシチュエーションいろんな案件を考えまして、「違うな」と思いました。なかったことにしませんか。

付き合って1か月ですからびっくりするかもしれませんが、僕としてはお互いにいい年で、これは違うかもと思いながら付き合い続けるのはお互いにとってメリットがないので、片方がこれは違うと決断した段階で積極的に前向きに関係を解消するのがベストでしょう。

といったことを彼女に言ったそうです。

通常、女性でこのようなことを言われればまず面食らうところでしょう。中田先生も「そこまで言うならわかったわかった」と相手が身を引いていくと予想していました。

ところが、後に中田先生の奥様となる彼女は、中田先生がお別れしましょうとまくしたてるように話した直後にばっと立ち上がり、「納得がいきません」と言ったそうです。

中田先生からこのような形でお別れを切り出した場合、いつも相手はすぐに納得したそうですが、まさかの反撃があり、いわば中田先生の人生で初めての先手・後手が始まったということです。「先手・中田」「後手・彼女」の戦いとなりましたが、その後手が凄かったそうで、「こうこうこうこうこういう理由で別れ理由はないと思います!」と一気に言い切られ…

気が付くと普通に付き合い続けていたそうです。後手の大勝利ですね^^;

理詰めの中田先生に対し、彼女は理で返してきたわけではなく、とてつもないパワーで何かを言われたとのことで、そして気がついたら付き合い続けていたそうです。

その事件があった1カ月後に中田先生は彼女にプロポーズしていたそうです。

結果、付き合って2か月でプロポーズしたことになります。

何故プロポーズしたのか?その当時中田先生が受けたインタビューを見返してみると、プロポーズのいきさつは「気がついたらプロポーズしていた」と答えていたそうです。何故なのかは中田先生にもわからない…とのことなのですが、そこからいろいろな段取りが進んでいき付き合ってから約8か月で中田先生は吉本興業の金屏風の前で記者会見を開くことになります。

しかしその記者会見の2週間前に中田先生は震えながら起きます。

結婚が怖かったそうです。

まさに結婚直前に逃亡したリンカーンと同じ状態になったということです。何故リンカーンが逃げたのか、中田先生には理解できるのだそうです。

何故かわからないが一大事、これは隠しきれないと思い、正直に話したそうです。

 

先手・中田

「ごめん、オレ結婚が怖い」

後手・彼女

「ビビるな!」

恐れるな、慄くな!との叱咤激励が飛んだそうです。冷静に私の話を聞きなさいと。

「あなたは今まで付き合った女性とここまできましたか?

あと2週間で記者会見のここまできましたか?」

 

先手・中田

「きてないです。」

後手・彼女

「いいですか、この言葉をよく聞きなさい。

人間は結婚する相手なんて自分で選べないのよ!

ここまで誰も来なかったんでしょ?

だから、これは何?

運命よ

 

そして、中田先生は気がつくと結婚記者会見の金屏風の前にいたそうです。

つまり、このリンカーンの出来事は中田先生の結婚の顛末と同じようなことなのではないかと中田先生は考えました。

 

中田先生はなぜ結婚したのか?思い返すと最初の奥様の言葉で掴まれていたのかもしれないとのことです。

「良い株を見つけた」

この言葉を言われた時の中田先生は、実はキャリア的にどん底だったそうです。武勇伝バブルが弾け、仕事は減り、注目度は去り、相方はチャラ男としてちやほやされだしていました。イベントに行くと相方の方には人だかりができ中田先生の方には全然人が来ない、人気の格差はどんどん開き中田先生は焦っていました。そして、自信を失っていました。

そんな時に一人の女性が現れ、中田先生に面と向かって言ったのです。

「良い株を見つけた」

と。

リンカーンも実はそうなのではないでしょうか?

「私は大統領になる男と結婚する」と言っていた女性が、ダグラスを振って何故だかリンカーンのところに来た。実はリンカーンはこの時に心を掴まれていたのかもしれません。

では、メアリーは何故リンカーンを選んだのでしょうか?

エイブラハム・リンカーンの偉業~丸太小屋からホワイトハウスへ~

貧しい生い立ちであったリンカーン。父親が一時期農地を持っていましたが、騙されて土地を失ってしまいました。リンカーンの父親は貧しい中訴訟を繰り返します。リンカーンの母親は毒草を食べた牛の乳を誤って飲んでしまったことで若くして他界してしまいます。

そんな中懸命に働いていたリンカーンは町の有力者に見込まれ、選挙への出馬を推薦されます。

最初の選挙の結果 候補者13人中8位の惨敗

しかし、最初の選挙で惨敗してしまいます。

そこでリンカーンは、学歴もコネもお金もない自分は選挙において欠陥だらけであることに気づきます。何をしゃべっても「君は学問がないだろう」と相手にされませんでした。

となると見返してやろうと勉強するかと思いきや、リンカーンは次の選挙戦で真逆の作戦をとります。

 

リンカーンの作戦

難しい政策の話を一切しない

学のある人たちは細かい政策の話をいっぱいしますが、リンカーンは難しい政策の話を一切しませんでした。

そのかわりリンカーンがとった行動はどんなものかというと

 

挨拶回りをひたすらした

リンカーンは頭を使うというより足を使いました。

とにかく色々な人のもとへ出向き、自分はこういうものですと挨拶をして回りました。

リンカーンはコネがないので知られておらず、それに対して自分でコネクションを作っていきました。

そうすることで学歴のある人たちに逆の作戦で勝とうとしたのでした。

その結果、リンカーンは選挙に当選します。

当選したことにより、リンカーンの一つの力が見いだされます。

 

リンカーンの武器 演説力

リンカーンは人の心に届く言葉を投げる力を地道に獲得していきました。

しかし、演説力も情熱もある人物は彼だけではありません。リンカーンは何故大統領になれたのでしょうか?リンカーンは驚きの行動に出ます。

 

選挙演説をほとんどしなかった

リンカーンは得意な演説をせず、新聞、雑誌、ポスターのプロデュースを細かく指示しました。こういったものは今では普通ですが、当時はインターネットはおろかテレビもない時代であり、新聞、雑誌、ポスターが唯一にして最大のマスメディアだったのです。いわば、今でいうSNSを一生懸命やるようなものでしょう。

演説を聞きに来る人は政治に興味のある人ですが、興味はなくとも新聞、雑誌、ポスターは目に入るものであり、情報が行き届きます。リンカーンはそれで情報を発信していきました。つまり市民たちを大事にしていったのです。

 

新聞に自分の弱点を書いた

リンカーンはまたも逆転の発想をします。自分の長所ではなく、お金も学歴もコネもないという弱点を新聞に書きました。

それをアメリカ全土の貧しい人たちが見たのです。

「俺みたいな男がアメリカの大統領選挙を闘っているのか」

まさにアメリカンドリームです。この男が大統領になればきっとアメリカは変わるかもしれない。俺たちの気持ちがわかっているこの男なら。

リンカーンは自分の弱点をすべてさらけ出し、貧しい人弱い人たちの心を掴んだのです。

第16代アメリカ合衆国大統領就任

そしてついに、常に逆転の発想で起死回生の一手を打っていったリンカーンは第16代アメリカ合衆国大統領に就任します。

しかし、リンカーンが大統領に就任したことで、南北戦争が勃発することとなります。

奴隷反対派であるリンカーンが大統領に就任したことで、南部の奴隷賛成派が一気に立ち上がりました。南部の人たちはアメリカ連合国と名乗り、北部のアメリカ合衆国に対抗します。

 

アメリカの北部と南部の違い

北部

  • 商工業がメイン
  • 国内産業が発展

南部

  • 農業がメイン
  • 奴隷を利用していた
  • 海外との貿易で潤う

南部は農業がメインで、奴隷を使うことで成り立っていました。

これが奴隷制を廃止されると困る事情でした。

北部は商工業がメインのため奴隷制は関係なかったのです。

こうして南北戦争が起きてしまったわけですが、リンカーンはまた起死回生の一手を打ちます。

 

奴隷解放宣言

南北戦争を勝利に導いた戦略こそが、奴隷解放宣言でした。

この宣言が何故戦争に有利に働いたか?

奴隷解放宣言は国内に向けた宣言ではありません。世界中に宣言したのです。

奴隷がいたのはアメリカだけではありません。

世界中の人々に「あの国凄いな、かっこいいじゃないか」と支持を得たわけです。

南部は海外との貿易をしていましたが、その相手はイギリスとフランスでした。イギリスとフランスが南部を支持していたわけです。ですが、奴隷解放宣言により

南部を支援すること=奴隷を肯定すること

という図式が出来上がりました。

リンカーンは奴隷解放宣言により、南部を支援することは奴隷を肯定することであり、それはいかがなものかという世界的な世論を作り上げたのです。

普通なら強力な武力を手に入れるとか重要な拠点をおさえるとか国内のことに目が向くところ、リンカーンは世界に目を向けたのでした。それにより国内戦を世界戦にしてしまったのです。

このアイディアでリンカーンは南北戦争を勝利に導いたのでした。

ここまで次々と色々なアイディアを繰り出したリンカーンですが、実はたった一つのことをやっていたのではないか、と中田先生は考えます。

 

人の心を掴み続けた男

リンカーンという人物は、人の心を掴み続けた男だったのではないでしょうか。

学歴がないと馬鹿にされたときは、一人一人に話をしに行きました。

大統領選挙に打って出た時には、貧しい人たちに自分の境遇を伝えました。

奴隷解放宣言をし、世界中の人々がどう思っているか?どういう風に心が動くか?それを考えたのではないでしょうか。

常に実力、結果、実績でねじ伏せてきた人ではなく、どうすれば自分に力を貸してくれるだろうかと人の心を掴むことだけを考えていたのかもしれません。

彼は常に人の心を見ていたのです。それが近所からアメリカ全土、そして地球に目を向けていきました。

その結果リンカーンは今もなお、世界最強の国の歴代最高の大統領と言われています。

 

ところで、リンカーンの妻のメアリーはリンカーンが歴代最高の大統領になることまで見抜いていたのでしょうか?

最初からそこまで見抜くのは難しいでしょうね。歴代最高の大統領になるなどということはまずわからないでしょう。ではなぜなれたのか?それは最初の言葉にあったのではないかと中田先生は考えます。

「あなたは大統領になれる」

というメッセージ。

メアリーは、リンカーンが大統領になった後もきっとほうきで追い回していたのではないでしょうか。「大統領になったからと言って甘ったれるんじゃないわよ」と。「もっと上に行けるんじゃないの?」と。「歴代最高の大統領になってみなさい」と。

そうしてメアリーがリンカーンを最高の大統領にしたのかもしれません。

 

教訓

誰かの才能を信じることが最高のエールになる

「あなたはできる」と言われたら、頑張りたいものですよね。

メアリーはずっと言い続けたのでしょう。

 

ちなみに、中田先生のご家庭もそのパターンだそうです^^

スポンサーリンク